【札幌 弁護士コラム】兎にも角にも人は言葉によって生きている

【札幌 弁護士コラム】兎にも角にも人は言葉によって生きている

ここ二日間東京でセミナーに出ています。
この二日間のセミナーは全く別々のものではありますか共通して学んだことは「言葉の力」です。

言葉の勉強をすると言うとまずは外国語を学ぶということが考えられますが、ここ二日間のセミナーは外国語は全く関係ありません。
あといって日本語の文法や漢字、慣用句などを学ぶようなセミナーでもありません。

「言葉の力」について学んできたわけですが、漫然と生きていると「言葉の力」というものについては特に意識しないことが通常であると言えます。
それというのも、人が体感する事実の発生原因や、自らの行動に至った原因、さらに行動による結果がどのようにして生まれるかということについて多くの人は関心を十分に払っていないからです。
言い換えれば、多くの人は結果そのものにしか関心を示さず、それに至る過程について十分な考慮を行っていないということです。

わかりやすく言うと以下のような流れがあります。

結果の発生に至るには何らかの行動が必要です。
行動に及ぶためには決断と実行が必要です。
実行をするためには決断から実行に移すための行動原理が必要です。
決断をするためには意思決定基準が必要です。
意思決定基準を定めるためには言葉が必要です。

こう考えてみると全ての結果は言葉によってコントロールされていると言っても過言ではありません。
そうであるにも関わらず言葉に対して無頓着な人が多くいるという現実があります。

かくいう私も数年前までは言葉の重要性について十分に思いを致していませんでした。
雑な言葉の使い方をしたり、ネガティブな言葉を使ったり、他者に攻撃をするような言葉を使ったり、といったことも往々にしてありました。
今はこのような言葉をまったく使わないかと言うと必ずしも断言はできませんが、少なくともこのような言葉を使うことの弊害に関しては理解しているつもりです。
言葉は毒にもなれば薬にもなる、 文明の利器にもなれば相手を傷つける武器にもなる、 自らを成長させる見方にもなれば自らの成長を阻害する敵にもなる、そういった理解を持っています。

例えば、「あなたの一番いい思い出は?」とひとに訊くと「~から~と言われたこと。」と答えられることが多いでしょう。
逆に「あなたの一番嫌な思い出は?」と訊くと、やはり「~から~と言われたこと。」と答えられることが多いでしょう。

今回の二日間のセミナーを受けて感じたことは「すべての根本は言葉にある」ということです。
これを十分に理解し説明するためにはそれこそさらに言葉を尽くす必要がありますが、少なくとも「言葉の力」に対しては細心の注意を払い続けなければならないといえるのではないでしょうか。

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