【札幌 弁護士コラム】「刈り取る」という言葉に見る背景の思考回路

【札幌 弁護士コラム】「刈り取る」という言葉に見る背景の思考回路

空港に向かう電車の中で書いております。

今日は田坂広志先生の田坂塾に参加し、明日は鮒谷周史さんの年間プログラムに参加してきます。

一層学びを深めてきます。

 

さて、この間、某弁護士向けのセミナーに参加してきました。

そのセミナーは弁護士(法律事務所)の売上げをいかに向上させるかについて語られるものですが、そこにとある有名法律事務所の弁護士の先生が登壇されお話されていました。

その事務所は多くの顧問先を持っているところですが、最近になってある業界にアプローチしたところ多くの顧問先を獲得できたという報告をされていました。

 

話しぶりからどうも違和感を感じ続けていたのですが、その途中にあった一言でその正体が分かったきがしました。

 

「このようにして刈り取ってきました。」

 

正確な文言かどうかは明確な記憶がありませんが、「刈り取る」という言葉を使われていたことははっきり覚えています。

これが私の違和感の根源でした。

 

「顧客獲得という文脈なら、何もおかしくないんじゃないの?」という方もいらっしゃるかも知れません。

しかし、私の営業観からすると、「お客様に価値を提供し(価値を提供することを約束し)、価値を価値としてご理解頂き、そののちに請求させて頂く」というのが本流なのですが、「刈り取る」という言葉のニュアンスは「請求する」という部分があまりに強調されているように思うのです。

 

もう一つは「刈り取る」という言葉には未来に対する奥行きがなく、長期的な目線にかけているということです。

現在、目の前にいる方(見込客)から利益を得られるだけで事業体としての目的が達成されるのであればそれでいいのかもしれませんが、そうではないと思いますし、およそそのような短期目線しか持っていない事業体が満足のいく価値提供ができるとは思えません。

焼畑農業か、農場型農業か、というアナロジーからもそのことがわかります。

 

さらに付け加えるとすれば、顧客を「対象」としてしか見ていないということです。

法律事務所といえども、社会におけるいち存在に過ぎず、他の業者からの協力を受けられなければ存立しえませんし、ここの弁護士においても他者とのつながりがなければ社会的な生活は送れません。

話の中での一つの事実の切り取り方であるとは思いますが、相手を「対象」としてしか見ないというのはこうした社会の中での立ち位置を無視した考え方を切り出したように感じられてなりませんでした。

 

上記は多分に私の主観が入っている捉え方ではあると思いますが、「刈り取る」といった尖がったフレーズを使うことにはその背景に何かしらの思考回路が働いていることは明らかです。

このような言葉にはもしかしたらよからぬ思考回路が働いているかもしれない、というように常に省みることは必要ではないでしょうか。

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