【札幌 弁護士コラム】コミュニティの形成について思う

【札幌 弁護士コラム】コミュニティの形成について思う

本日は恒例の滝行でした。
意外と水量が多く、これまでたくさんついた憑き物(?)が一掃されたような気がしました。

さて、この滝行というのが清田区にある滝道場の監修のもとで行われているのですが、ある程度回数を重ねてくると「滝行仲間」というコミュニティが出来上がってくることを感じます。
滝行で頻繁に会う人、同業者の人、共通の趣味(ヨガ、酒(笑)など)がある人、仕事上の取引がある人など様々です。

ここでコミュニティというのはやはり人格の形成や考え方の醸成にあたっては非常に大切なものだと思います。
それというのも、人は他人をまずどのようなコミュニティに属しているのか(属していたのか)を見るものですし、人はコミュニティに入るとコミュニティ全体の考え方に染められていくからです。

前者の話でいえば、例えば初対面の人に何を訊くかを考えてみて頂ければよくわかると思います。
名前だけを教えられて何か質問してみろと言われたら、普通は「どんな会社にお勤めですか」とか「どこの学校に通っているんですか」といったところが無難なように思われます。
このように人は相手をまずカテゴライズしてから、そのカテゴリーの中で想定される人物像をもとにどう話を膨らませていったらいいかという発想をします。
このため、人はどのようなコミュニティの人であるかということによってラベリングされ、評価をされることになります。

一方、後者の話でいえば、コミュニティが存立している限りにおいては、何らかの根本思想(という仰々しいものでなくとも、集まっている趣旨のような基本的な考え方)が存在します。
それに対して異を唱えるようなことがあれば、いずれは自らコミュニティを去るか、コミュニティから退会を求められるようになります。
すなわち、何らかのコミュニティに属するということは、その根本思想自体については受け入れることを前提としています。
そうすると、徐々にコミュニティの根本思想が個人の考え方を支配するようになってきます。

このようなことが起こるということは、逆に自分に取り入れたらいいと思う価値を根本思想に持つコミュニティを探し当て、所属すれば根本思想を具体化したことが達成できる可能性が大きく高まります。
ではそのようなコミュニティが見つからない場合どうするか。
ここで簡単な解決方法としては、自分でコミュニティを作ってしまうことです。
ここにハードルを感じてしまう方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、1人でも仲間がいればそれで人はコミュニティを作ったことになるのであり、上記のようなコミュニティが作れたとしたら、多くの成長のヒントが得られることになります。

自分がいかなるコミュニティに属しているか、これからいかなるコミュニティを選ぶかは非常に重要な問題として認識しなければいけない事項です。

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