【札幌 弁護士コラム】偶然を必然と考える習慣作り

【札幌 弁護士コラム】偶然を必然と考える習慣作り

今日は昼につなぐ相続アドバイザーズの打合せ、弁護士会での法律相談、夜はスモールサンゼミの例会です。

ドラフトしなければならない書面も溜まってしまっているので馬力を上げて対応したいところです。

 

さて、世の中に起こること、人生に起こることは偶然で起こることも少なくありません。

というよりもほぼ全てが偶然で成り立っているといっても過言ではないでしょう。

 

かく言う私も自己紹介したときに「札幌出身ですか?」と訊かれることがよくありますが、三重県出身で東京の大学に通い札幌に住んでいるという説明をすることになります。

この説明は自分で説明しているのに何度やってもしっくり来ないところがあります。

そこには偶然の要素が多く含まれているからです。

 

これは特にどうということではありませんが、何か自分の身にたまたま悪いことが起こったときに偶然ということで片づけてしまうことがあります。

場合によっては「運が悪かった。」ということで自分の責任ではないと考えようとします。

 

しかし、ここで運のせいや他人のせいにするとそこで合理化を完了させてしまうと自らには何も還元されないことになってしまいます。

偶然と思われることも一歩立ち止まって、「これが起こったのは必然であった。」「自分の何がこの結果を招いたのであろう。」と考えることで得られるものがあります。

 

「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも全部社長のせい」と言っていたのは一倉定ですが、何が起こってもそれを成長の糧にしていく心がけは必要なのではないでしょうか。

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