【札幌 弁護士コラム】「刈り取る」ことの危険性とは

【札幌 弁護士コラム】「刈り取る」ことの危険性とは

今日は朝から仕事を少々。

午後は自転車でトレーニングにいそしみました。

今朝の計量では体重が70.8kg。

これは5月15日時点での78.2kgから7.4kgという数字です。

7月18日終了時点において目標の70kg以下になっているか、最後の追い込みどころです。

 

さて、最近、営業について思うことがあるのですが、「刈り取る」系の営業というのは非常に危険ではないかということです。

「刈り取る」とは比喩的な表現ですが、定義を与えるとすれば、人間関係も築かず、特にメリットも与えていないにもかかわらず、自社の利益だけを求めて商品・サービスの購入を求めること、とでもいえるでしょう。

営業の手法においても色々とあるのでしょうが、この刈り取る方法によることは、特にほしくもない人にとってみると迷惑でしかなく、あまりにやりすぎると人間関係すら破壊してしまいます。

 

私も苦い経験として、いくつかこのようなことをやられたこともあるのですが、例えば夜8時に喫茶店に呼び出されて2時間以上も飯も食わしてもらえない状況で商品の説明をされたことや、「ビジネスの話がある」といって呼び出され、結局詐欺まがいの投資話を持ち掛けられたようなこともありました。

その後私がどう思ったかというと、「この人とは二度と付き合いたくない」と思わざるを得なかったのでした。

 

なぜこれほどまでに嫌な感情が芽生えたのかということを改めて考えてみると、それは「相手を慮る気持ちが感じられなかった」ということに集約されることに気付きました。

商品があり、それを売ろうとすること、それ自体は別に聞き流せばいいだけなのでそれほどまでのことではないのですが、2時間以上も話をすることが相手の時間を奪っているという感覚がなかったり、法律を守らなければならない弁護士が買えるはずもない詐欺まがいの商品を売ろうとする無神経さがにじみ出ていたりすると、相手のために商品を勧めようとする気持ちは微塵も感じられなくなってしまうのです。

そのような刈り取り系の営業には常に相手に対する無神経さが付きまとっているといってもよいでしょう。

 

反対に「お客様のメリットは何か」、「お客様の困っていることは何か」、「どうすればお客様のお役に立てるか」という視点から入ってこられる方に対しては、こちらから「何か売ってもらえませんか」と言いたくなるものです。

刈り取り系の営業から脱却し、相手のために尽くそうとする。

その心がけだけでも営業は大きく変わるのではないでしょうか。

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