【札幌 弁護士コラム】認識レベルの違いを意識する必要とは

【札幌 弁護士コラム】認識レベルの違いを意識する必要とは
昨日はご縁があって某設計会社の社長さんを訪問してきました。
直接的な仕事ではなかったのですが、建築業界の慣行や建築紛争の実態についてお話をお伺いしました。
そこで感じたのは、まだまだ自分の知らない世界はたくさんあるんだな、ということ。
この感覚というのは非常に重要なことではないかと考えています。

そもそも「知っている」という概念は非常にあいまいなものであり、様々なレベルがあるのだと思います。
第一に、単に知識として「知っている」というレベル。
第二に、ある程度の身体知化された「使える、できる」というレベル。
第三に、既にその知識を無意識に活用しているという「使っている、やっている」というレベル。
第四に、その知識を他者に対してその知識を伝授できる「発信する」レベル。
これらの違いを意識する必要があるように思います。

このレベルを意識する意味は大きく2つあります。

1つは、知識を目的的に使えるという意味です。
すなわち、単に知っているだけの知識というのは必ずしも自らの目標達成のために使われるものではなく、棚上げされた在庫のように、単に脳の容量を占拠しているだけに過ぎないものになってしまいます。
一方で単に知っているだけではなく、実践的に使えるレベルまで知識を高め、実際の行動と結び付けようとすれば、自らの目標達成のために活用することができます。

もう1つは、知識の幅を広げようとして、周辺知識への希求が高まるという意味です。
知識レベルの違いを意識し、実践的なレベルでの知識を求めるとすれば、その裾野を支えるような知識の存在を意識させられるようになります。
このため、レベルの高い知識を得ようとすれば、より多くの勉強をしようという意欲が高まるという意味があります。

いずれにしても知識を単に情報として扱うのではなく、知識を活用することを意識して日々の活動を行うことが重要なのではないでしょうか。



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