【札幌 弁護士コラム】自己防衛本能は常に正しいのか、という話

【札幌 弁護士コラム】自己防衛本能は常に正しいのか、という話

(本記事は平成29年3月29日分の未投稿記事です。)

 

ビジネスにおいても、人生においても選択を要するという機会は無数にあります。

そして各選択においてある目的に従って正しい選択を行い続けられるかどうかによって結果が決まってきます。

例えば将棋であれば、自分の玉(王様)が詰まされる前に相手の玉を詰ますという目的に向かって駒を動かしていくのであり、1局平均で50手から60手の選択において常に正しい手を指し続けることが求められます。

 

基本的にはどの人も「こうしたい」「ああしたい」という目的を持って選択しているので、それほど目的に大きく反した選択を行うということはありません。

すなわち札幌から東京に行こうというのに、徒歩で行こうと考える人はいません。

 

しかし、ビジネスを成功させたり、人生において高度な目的を達成したりしようとすると、選択の正確性の精度が求められるようになります。

そのような中で本能というものが正しい選択を邪魔することが起こり得ます。

例えば会議に遅刻した人の説明として、待っている側はどちらが納得するでしょうか。

 

A「私はいつも通りに家を出発したのですが、大雨が降ったせいで電車が遅れていたんです。その上、会社についてエレベーターに乗ろうとしたら点検中でなかなかエレベーターが来ず、それで遅れてしまったんです。私の行動が遅くて遅れたわけではないんです。」

 

B「お待たせして大変申し訳ございませんでした。大雨で遅れてしまったんですが、事前に天気予報を確認してもっと早く家を出るべきでした。また、エレベーターの点検の告知も1週間前にメールで送られてきていたはずなので、きちんと手帳に書いておけばよかったです。」

 

大半の人はBさんの人のほうの説明に納得するのではないでしょうか。

確かに遅れたという事実、その原因についてはAさんとBさんで変わるところはありません。

問題なのはそれをそれぞれがどのようにとらえているかということです。

Aさんは自分の責任として事実をとらえようとしていないのに対し、Bさんは自分の責任としてとらえようとしています。

簡単にいうとAさんは「他責思考」、Bさんは「自責思考」に基づいてとらえているものといえます。

 

Bさんのほうが納得を得られるとすると、結果としてBさんは社内で出世していく可能性が高いといえるでしょう。

それではなぜAさんはわざわざ不興を買うような説明をしたのでしょうか。

その答えの1つが「自己防衛本能」にあると考えられます。

自己防衛本能が働く場合、生命を維持するための行動に出ることが基本ですが、生命に危険が及ばない場面であれば経済的、社会的に自己を守ろうとする発想になる場合があります。

このときに判断がぶれるわけです。

 

本当は自分の責任を認めたほうが有利であるにもかかわらず、この本能が働くために責任を認めたくない、という方向での選択をしてしまうことがあるのです。

このことはまさしく本能の動きであるだけに、ふと気を抜いた瞬間にポッと行動に反映されてしまうことがあります。

このようなことで選択を誤らないよう、本能の抑制ということに対しても処する術を身に付ける必要があるのではないでしょうか。

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