【札幌 弁護士コラム】車の修理に行って本当の価値とは何かと考えた話

【札幌 弁護士コラム】車の修理に行って本当の価値とは何かと考えた話

(本記事は平成29年3月28日分の未投稿記事です。)

 

先日、愛車(名前はボナンザ)のグローブボックス(助手席の前の箱になっている部分)が故障してしまい、ディーラーに修理見積りを依頼しました。

グローブボックスとは車の駆動などには関係なく、ある意味ではさほど重要なものではないのですが、走っていると勝手に開いてきてしまうため、そのままで乗るわけにはいかない状況になっていました。

それで届いた見積りを見たところ、何と部品代だけで7万円オーバー。

さすがにそれはちょっと厳しいと思い、部品をオークションで仕入れ、何とか自分で修理しようとしたものの、満足にネジを開けることもままならず、結果的に部品の型も合っていなかったため、結果的には修理を断念しました。

 

そこでやむなく大枚をはたいて修理に出すに至りました。

修理に出したところまで何だかもやもやした気持ちがぬぐい切れなかったのですが、代車で出してもらった車が新型車でピカピカで、気分よく帰らせてもらいました。

翌日修理された車を取りにいったのですが、この車もピカピカにして返してもらいました。

特に機械洗車では絶対に綺麗にならないドアミラーの内側の部分まできれいに拭かれているなど、相当に細かいところまで手作業で洗車してもらったことがわかりました。

 

そのような車を見て思ったのは「あ、修理代はそんなに高くなかったな。」ということ。

グローブボックスが直ったというだけの価値であれば何万円もかけた価値を感じなかったものと思いますが、その周辺でのサービスを考慮に入れると決して高くはないものと感じられるようになりました。

ビジネスにおいてこのようにサービスの部分を含めて価値を提供していると考えられるのであれば、その幅は大きく広がってくるのではないでしょうか。

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