【札幌 弁護士コラム】専門家における「クオリア」とは

【札幌 弁護士コラム】専門家における「クオリア」とは

昨日は一般社団法人家族信託普及協会の札幌で初の家族信託専門士研修で、私は懇親会だけ参加させて頂きました。

私も家族信託専門士の資格を保有していますが、名刺に書いてあるとなかなか目を引くようで、どんな資格なのかということをよく質問されます。

この協会が信託の普及に貢献している部分は大きいように感じています。

 

さて、私(荒木)も家族信託に携わり始めて4年になりますが、かなり認知が広まってきたとはいえ、いまだに相談者の方と我々との間にギャップを感じることもあります。

信託を始めての当初は、当然、全く広まっていなかった状況の家族信託というものを広めようとしていたのであり、認識の差があるのを感じていました。

一方で現状においても知識の差があるものの、一般の方にも家族信託がどのようなものであるかは一定の理解を得られるようになってきています。

しかし、それでも話の伝わり方が十分でないことには知識以外の理由があるように思われます。

 

1つ考えられるものとしては「クオリア」の違いが存在するということです。

「クオリア」とは、「心的生活のうち、内観によって知られうる現象的側面のこと[2]、とりわけそれを構成する個々の質、感覚のことをいう[3]。日本語では感覚質(かんかくしつ)と訳される。」(Wikipediaより)というものなのですが、要するに「こんな感じー?」というものらしいです。笑

 

このクオリアというものは特に私のような士業には非常に重要なものであると感じています。

士業は、基本的に依頼者の感覚とずれて仕事をやっています。

そういうと聞こえが悪いかもしれませんが、例えば「血を見るのが怖い外科医」に手術を依頼できるでしょうか。当然、まず無理でしょう。

すなわち、専門家の特性というのは、専門知識を有しているとともに、一般の感覚と異なる感覚を持つことが要件となっている(場合がある)という点が特殊であるということです。

 

しかし、その特性を所与のものとして考えると依頼者とのクオリアのギャップが生まれることになります。

専門性を有しながらも、依頼者のクオリアに寄り添い、理解し、案件解決への道しるべを示す、このことが士業に求められていることではないでしょうか。

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