【札幌 弁護士コラム】「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」と契約書の意外な関係とは

【札幌 弁護士コラム】「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」と契約書の意外な関係とは

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5月23日(火)契約書セミナーを開催します!
「弁護士が企業経営の発展と契約書の関係について考えてみた」
詳細はコチラ→ http://answerz-law.com/news/news-2910
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今日は朝から期日、昼からは訴訟の提起と新件の最終打合せ、そして夜は久々にジムに行ってきました(なんと1か月ぶり(笑))。

また、秘書に新しいPCを配給しました。
これで業務効率が3倍くらいに…(なるわけないか。)。

 

さて、連日、冒頭でご案内しておりますが、長年の沈黙を破り(?)契約書に関するセミナーを開催します。

今のところ、まだ具体的な内容を詰めているわけではないのですが、契約書の技術的な部分よりも「なぜ契約書が必要なの」とか「契約書を作るメリットって何なの」といった疑問にお答えするようなものにしたいと思っています。

 

話は変わりますが、相田みつをの詩で「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」というものがあります。

この詩は相続手続を専門に扱う会社で比較的大手のところの代表者が、相続の相談に来られた方に必ず見せるそうなのですが、相続の問題などはまさしくこの考え方があれば解決するように思います。

 

また、これは紛争一般にもいえることです。

相手のやっていることに腹が立つ、という理由だけで訴訟を起こすような場合、金銭的な問題として元の状態より良くなっているということはあまり多くありません。

ただ憂さを晴らすことや、相手に嫌がらせをするという目的は達成できるのかもしれませんが、このようなやり方は訴訟の本質と大きく離れています。

特に企業は損益というものに対して敏感でなければならないにもかかわらず、社長の感情の赴くままに訴訟に至ってしまうケースも多く見受けられます。

 

このような訴訟に至る前に「きちんとお金を分けましょう」という契約をしていたらどうか、ということです。

このときには前々からお金を分けることが分かっていたのですから、相手方からお金を分けてくれ、と請求されたとしても何も腹は立ちません。

訴訟に至ってから「契約していればどうだっただろう」と考えることはナンセンスなようにも思えますが、企業の活動とは反復継続するものですが、「〇〇していれば」ということは必ず次の機会に活用することができます。

そして「『きちんとお金を分けましょう』という契約をしておかなければならない」ということが判断基準になり、習慣化してくれば他の事象についても自然と契約書を作るようになってきます。

 

「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」という精神をもっていれば、前もってわけ合う準備ができるため丸く収まるということですが、こと企業経営に関してはその内容を契約書にしておくことが重要であると考えることができます。

 

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