【札幌 弁護士コラム】「不勉強」という言葉について

【札幌 弁護士コラム】「不勉強」という言葉について

(本記事は平成29年1月5日分の未投稿記事です。)

 

年が明けてから顧問先様を初めとしてご挨拶回りをさせて頂いております。

ご覧になる方におかれましては、違和感を感じたり、「弁護士はそんな職業ではないだろう。」と不快感を感じられたりする方もいらしゃるだろうと思いますが、私(荒木)としては全く違和感等がないばかりか、爽快感すら感じる1年に1度のイベントになってきております。

 

ご挨拶回りの意味づけ等については別稿にゆだねたいと思いますが、医療系の顧問先様のところにご訪問した際、新たな視点に気づくことができました。

その顧問先様というのが、企業体というよりも、社長様個人の能力の高さで業績を支えていらっしゃるという会社なのですが、ご訪問させて頂いたときにその事業成功の秘訣や、その事業に他社が参入できに理由等を伺いました。

 

お話によると技術的、金銭的な問題が大きいらしく、その会社の行っている事業に参入する参入障壁が高いために競合他社が入ってこられないということでした。

その理由を詳しく聞いているうちに「サーバの技術が…。」「クラウドの技術が…。」「データ転送が…。」というところに話が及びました。

かなり専門的な技術のお話までして頂いたのですが、私はそこまでIT技術に詳しいわけではないため、せっかくのお話も半分くらい(半分以下かもしれませんが)しか理解ができませんでした(それでもとりあえずは圧倒的な技術力があるということはわかりました。)。

 

そこで痛感したのは、「自分はまだまだ不勉強だ」ということです。

見方によっては弁護士である私がITのことはわからなくてよいという意見もあるでしょう。

しかし、私はその発想こそが経営や人生の設計においては危険なのではないかと考えています。

 

専門領域しか知らなくてよい、あるいは専門領域について勉強していればよい、と考えることはその外に広がっている広大な世界に背を向けるということになります。

専門領域外に背を向けているということは外の世界にいる人と交わることもできず、世界が広がらないということを意味します。

世界を広げないということは経営や人生の発展する要素を自らシャットアウトしているということにつながります。

 

私は法律が専門領域ですが、法律家以外の方からすると法律は外の世界に分類されます。

法律家以外の方が法律の世界に背を向けているとすると、取引するときに契約書を結ぶという発想にいたらず、行政から言われたことは唯々諾々と受け入れ、トラブルが発生したとたんにあたふたする羽目になってしまいます。

すなわち、法律問題の根源は法律の世界に背を向け続けたことにあるとも考えられます。

 

そのように考えてみると専門領域の外の世界に背を向け、勉強しようとしない姿勢はときに重大なリスクを抱える原因となります。

その意味で常に外の世界に対して「不勉強」であるという自覚をもって過ごすことは大切なことなのではないでしょうか。

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