【札幌 弁護士コラム】就職時に契約金を支払って従業員を辞めさせないようにできる?

【札幌 弁護士コラム】就職時に契約金を支払って従業員を辞めさせないようにできる?

○契約金の性質

 一部の会社では、就職時に「○年間働くことを前提として契約金を支払う。但し、○年以内に退職した場合には契約金の返還を求める。」として契約金(他の名称の場合もあります。)を支払う場合がありますが、これは労働法上、問題はないのでしょうか。

 

○問題点

 契約金の支給を受ける者(以下「受給者」といいます。)が契約金を支払う会社(以下「給付会社」といいます。)に就職する場合、受給者は給付会社の労働者となり、受給者が給付会社から受けた金銭は賃金(前貸金)としての性格を持つこととなります。このため、契約金の給付及び返還に関する合意については労働基準法による規制がなされることとなります。

 

○労働基準法における規制

 労働基準法では、①労働者の不当拘束の禁止(第5条)、②賃金の支払方法等に関する規制(損害賠償の予定の禁止(第16条)、前貸金による相殺の禁止(第17条)等)が規定されています。

 まず、①労働者の不当拘束の禁止として、使用者は労働者の精神を不当に拘束する手段によって労働を強制してはならないものとされています。このため、使用者が金銭の返還請求を手段として労働者に労働を迫る(退職させない)ことは、精神を不当に拘束する手段によるものとみなされる可能性があります。

 また、②賃金の支払方法等に関する規制では、労働者に対する賃金は全額が支払われなければならず、労働者が使用者に対して損害を与えた場合の損害賠償金額を予め定めておくことはできないものとされています。このため、一定の条件の場合には労働者が使用者に対して一定の金額を支払わなければならないとの合意はこれらの規制に反するものとみなされる可能性があります。

 

○裁判例

 使用者が労働者に対して給付した金銭の返還を求めた事例として以下の裁判例が存在します。

 

ア 東箱根開発事件(東京高判昭和52年3月31日)

 使用者は労働者に対して、勤続奨励手当という名目で、雇用契約期間を全期間勤続した場合に、期間満了時に支給され、これの前渡しを希望する労働者には月割額に相当する金員を期間満了時に支給されるべき手当額から控除することにより返還するという条件で貸し付けていた。したがって、期間の中途で退職するときは、それまで交付されていた勤続奨励手当全額を返還しなければならないという前貸金制度であり、月割前貸の形式で支給される金員が労務の対価である賃金であるのか文字通り契約期間の満了まで勤続した場合にのみ支給される報奨金的性格のものであるかが大きな争点となった。

 裁判所は、使用者の中途退社した労働者に対する勤続奨励手当の返還請求を棄却した。

 <判旨>

 「右契約金の月割額の交付をその額面どおりに一定期間勤続した者に対して給付されるべき報奨金の前渡しとみるのが事の実相に適合するものでないことは明らかであり、むしろそれは、実質的には正規の給与と同じく労務の対価として支払われるもの、その意味において賃金の一部たる実質をもち、前貸形式でされる右月割金額の給付は賃金の支払に相当するものとみるのが相当である(前記のように試用期間に相当する入社当初の三か月の期間について右月額金額が減ぜられているのも、この解釈の裏づけとなるといえる。)。そして右契約金の月割額の交付がこのような性質のものと解される以上、さらに進んで、被控訴人らは、控訴人に対し、雇用契約上(該契約の形式的文言にかかわらず)自己の給付した労務の対価として正規の給与に右月額給付金額を加えたものを請求する権利を有するものと解すべく、また、勤続期間一年未満で退職し、または解雇された場合にすでに給付を受けた資金の一部である月割給付金相当額を控訴人に返還する旨の約定部分は無効で、被控訴人らはかかる返還義務を負うものではないと解すべきである。

 けだし、実質賃金の一部を一定期間の勤続を条件として給付される契約金の前貸という形式で交付する前記給与方式は、さきにも指摘したように、勤続一年に満たない中途退職者(または被解雇者)に対しては賃金の一部を支給せず、またすでに支給した賃金の一部を返還する義務を負わしめるというのとその実質的内容を同じくするものであり、後者のような約定が、あるいは一定期間の就労を強制するもの、あるいは契約不履行に対する制約約定であるとして、労働基準法五条または一六条に違反し、その効力を否定されるべきものである以上、前者の給与方式についても、上記のような解釈をとらない限り、結局において使用者が賃金の一部の支払義務をまぬかれ、労働基準法の右規定の趣旨を潜脱する結果となるのであって、その不当なことは明らかだからである。」

 

 イ 日本ポラロイド事件(東京地判平成15年3月31日)

 使用者は労働者に対し、労働者と雇用契約を締結した際、雇用開始日から1年以内に自発的に会社を退職した場合には返還するとの条件付きのサイニングボーナス200万円を支給した。しかし、労働者が雇用開始日から1年以内に退職したため、使用者は労働者に対してサイニングボーナスの返還を求めた。

 裁判所は、使用者の労働者に対するサイニングボーナスの返還請求を棄却した。

 

<判旨>

 「(2) 本件報酬約定の適法性

  ア 労働基準法5条は,使用者が暴行,脅迫,監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって労働者の意思に反して労働を強制してはならないと定め,また,同法16条は,使用者が労働契約の不履行について違約金を定め,又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない旨定めている。これらの規定の趣旨は,労働者の足止めや身分的従属を回避して,労働者の不当な人身拘束を防止しようとするところにあると解される。

    したがって,暴行,脅迫,監禁といった物理的手段のほか,労働者に労務提供に先行して経済的給付を与え,一定期間労働しない場合は当該給付を返還する等の約定を締結し,一定期間の労働関係の下に拘束するという,いわゆる経済的足止め策も,その経済的給付の性質,態様,当該給付の返還を定める約定の内容に照らし,それが当該労働者の意思に反して労働を強制することになるような不当な拘束手段であるといえるときは,労働基準法5条,16条に反し,当該給付の返還を定める約定は,同法13条,民法90条により無効であるというのが相当である。

  イ 本件サイニングボーナスが一定期間企業に拘束されることに対する対価としての性質をも有していることから,本件報酬約定に定める本件サイニングボーナスの給付及びその返還規定は,被告の労務提供に先行して一定額の金員を交付して,被告を自らの意思で退職させることなく1年間原告会社に拘束することを意図した経済的足止め策に他ならない。

  そして,当該返還規定は,「自発的に」退職した場合に本件サイニングボーナスを返還することを定めているから,労働者である被告の帰責事由を要件とした本件雇用契約の解約を念頭に置いたものであって,返還される本件サイニングボーナスが被告の債務不履行による違約金又は賠償額の予定に相当する性質を有していることも認められる。

  ところで,本件サイニングボーナスの額は200万円であり,被告の平成13年の年俸1650万円の半年間の収入のうちの4分の1未満であるけれども,月額支給分(基本給と役職手当の合計は110万円である。)の約2倍の金額に相当するものである。そして,本件報酬約定には,分割払いや支払日など返還方法について明確な定めがない以上,本来,退職時に全額を返還することを予定しているものと認められる。すると,本件サイニングボーナスを退職時に一度に全額返すことは,その半分程度の月収しか得ていない被告にとって必ずしも容易ではないことが推認できるし,その返還をためらうがゆえに,被告の意思に反し,本件雇用契約に基づく労働関係の拘束に甘んじざるを得ない効果を被告に与えるものであると認めるのが相当である(これに反する原告会社の主張は採用できない。一度支給された賃金をどのように使うかは労働者の自由であり,サイニングボーナスの額に比べ毎月の支給額が極めて高額であるといったような特段の事情がない限り,退職に際し,使用者から一度に100万円を超す相当額の賃金(サイニングボーナス)の返還を求められれば,通常の労働者は退職を躊躇するとみるのが相当である。また,原告会社は被告に返済計画では話合いの余地がある旨提案したことが認められるけれども,そうであるからといって,本件報酬約定の性質が変わるものではない。)。

  したがって,本件報酬約定に定める本件サイニングボーナスの給付及びその返還規定は,本件サイニングボーナスの性質,態様,本件報酬約定の内容に照らし,それが被告の意思に反して労働を強制することになるような不当な拘束手段であるといえるから,労働基準法5条,16条に反し,本件報酬約定のうち本件サイニングボーナス返還規定は,同法13条,民法90条により無効であるというのが相当である。」

 

 ○結論

 上記の裁判例を参照すると、受給者に対して事前に金銭を渡した上で一定期間の勤務を継続しなければ当該金銭の返還を求めるとの合意は無効とされる可能性が高いものといえます。

 つまり、就職の際に新たな従業員となる受給者に、一定のお金を渡して「○年間はこの会社にいてほしい!」と言っても法律的には退職しないことを強制することは難しいといえます。

 従業員を辞めさせないためにはきちんとした賃金の支払いと労働環境の整備が必要ということですね。

URL :
TRACKBACK URL :

コメント欄

*
*
* (公開されません)

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)